2018.01.24

「茶の湯」の精神からおもてなしを学ぶ


 

おもてなしの心は戦国時代から日本に

 先日の産経新聞で、わび茶の大成者として知られる千利休の出身地である大阪府堺市が茶の湯を通じておもてなしの心を広げる条例の制定を検討しているとの報道がありました。

「茶の湯」の精神 おもてなし条例 利休ゆかりの堺市 制定
http://j.sankeibiz.jp/article/id=2411

 実は既に、産業振興を目的としたおもてなしを勧める条例は各地にあるようです。例えば、宇治市の宇治茶の普及とおもてなしの心の醸成に関する条例や、甲州市での甲州ワインによる乾杯の推進等普及促進に関する条例など、新聞に掲載されていた事例だけでも9つはありました。それだけおもてなしの心は社会に必要とされているのかもしれません。

 皆さんもご存知の通り、茶道は戦国時代から愛されていました。理由は心の潤いを与えてくれるだけでなく、戦国の世を生き抜くために必要な思想が幾つも含まれていたからです。現代のグローバル社会と群雄割拠で激動の時代として知られる戦国時代とは、変動が激しいという点では何か通ずるものがあるのではないでしょうか。

 そこで今回は、茶の湯の精神にまつわるおもてなしの心に関する内容をご紹介したいと思います。

 

心を尽くし合う「主客一体」

 茶の湯の世界には「主客一体」という言葉はあります。ホスト(招く側)のみが一方的にもてなすのではなく、ゲスト(招かれる客)も協力し一体となって素晴らしい空間を作り上げていく、という意味です。

 ホストはゲストの気持ちになって、「お忙しいのにわざわざ来ていただいて本当に有り難うございます」と思い、精一杯おもてなしする。

 ゲストはホストの気持ちになって、「私のために色々とお気遣いをいただき、本当に有り難うございます」と礼を尽くすのです。

 この主客一体の境地はホスト側の心配り、そしてホストの機微を感得するゲスト側の力量とが合致してようやく成立するものであり、一朝一夕にできるものではありません。一方的にもてなされたり、もてなすばかりでなく、互いに尊敬しあい心を尽くし合うことが大切なのではないでしょうか。

 

 

頭を下げないと入れない「にじり口」 どんなときでも礼節を忘れない

 茶室の入り口は、極端に小さく作られているものがあります。這うようにしないと入れない入り口は「にじり口」と呼ばれ、どんなに偉い人でも、茶室の中ではすべて平等である、ということを入る者に諭していたとされています。

 どんな時でも上下関係や役職にこだわらず、礼節をもって接することが大切ということを暗に伝えているのではないでしょうか。

 

茶の湯の精神に秘められた「一期一会」

 茶道には相手を思いやることが基本精神とされています。 江戸幕府の
大老でもあり、茶人でもあった井伊直弼は、自身の著書『茶湯一会集』にて

 「そもそも茶湯の交会は一期一会といひて、たとえば、幾度おなじ主客交会するとも、今日の会にふたたびかへらざる事を思へば、実に我一世一度の会なり、去るにより、主人は万事に心を配り、いささかも粗末なきやう 〔中略〕 実意を以て交わるべきなり、是を一期一会といふ」 と述べています。

 社会での場面では、「何度も担当者と打合わせをすることがあるとしても、決してまた次があると思ってはならない。この時間は一生に一度のこと、二度と同じ時に戻ることはできないのだから心を尽くして最高のおもてなしをしよう」と訳されます。

 少々かしこまったニュアンスになってしまいますが、毎回ある打合わせと思わずに一回一回の打合わせを大切に、おもてなしの心を持って「主客一体」を目指してみてはいかがでしょうか。

 


Youtube